インタビュー

臍帯血移植を受けた経験は僕にとっての「キャンサーギフト」でした

2018年8月8日
カメラマン
小北一兵さん
疾患名: 急性骨髄性白血病 年齢 40代 罹患時年齢 39歳

2017年、神奈川県にある東海大学医学部付属病院で臍帯血移植を受けた小北一兵さんにお話を伺いました。

臍帯血とは、胎児とお母さんをつないでいるへその緒(さい帯)に含まれる血液のことです。臍帯血には、血液細胞を作り出す増殖能力に富む血液(造血幹細胞)が多く含まれており、その臍帯血を血液を正常に作れなくなった患者さんに移植することで、血液を作り出す機能を回復させる事ができます。このような移植治療を臍帯血移植と言います。(記事:臍帯血を提供するには)

39歳という働き盛りでの発症。ご本人はもちろん、ご両親にとっても不安はとても大きかったと思います。入院期間は合計で半年以上になりましたが、嬉しかった事もありました。血液の癌という共通点があることで、世代が違う患者さんといろいろな話ができて、仲良くしてもらえたことです。性別も年齢も超えた、分かり合える「同志」がいることは、とても心強いですよね。


病気と診断されたのはいつ頃でしたか?

2016年の9月末です。39歳の時でした。

病名を教えてください

骨髄異形成症候群から転化した急性骨髄性白血病と言われました。

病気の説明を聞かれた時にどのように思いましたか?

最初は「そうなんだ」という感じで、重くは受け止めなかったです。両親を呼んで先生から改めて説明を頂いた時に、初めて深刻に受け止めたという感じです。

最初の症状は?

息切れが日々ひどくなっている…直前の8月とか7月は下痢がひどかったり、食べたらそれが下痢で出てくる感じでした。あと、だるさが非常に強かったです。

受診してすぐに病名は分かりましたか?

最初に血液検査を受けた地元の病院で、白血病の可能性があると言われました。翌日、大学病院に行ってくれという話だったんですが、そこが満床だったので、その次の日に違う病院に行って骨髄検査を受けました。確定診断に至ったのは、その4日後です。

入院期間を教えてください

6ヶ月半ぐらいでしょうか

一番つらかったことは?

移植後のGVHDが強く出た時期ですね。高熱と下痢、あと粘膜がとてもやられていて、ご飯が本当にのどを通らなかったっていうのが一番つらかったですね。

※GVHDとは「移植片対宿主病」のこと。移植後特有の合併症で、ドナーさんの細胞が患者さんの細胞を攻撃する免疫反応によって起こります。

嬉しかったことは?

血液の癌っていう共通点だけであんなにいろんな人と仲良くできるっていうのはなんか不思議な感覚でした。まだ30代の僕が、50代60代の方と男女問わず病棟でいろんな話ができてとても楽しかった。みんな仲良くしてくれたっていうのが一番嬉しかったことですかね。

あと、臍帯血移植をした夜に「この世の中に細胞で繋がってる人たちがいるんだ」っていう、とても不思議なんだけど、とても素敵な体験に一人でニヤニヤしていたのは、今思えば嬉しい気持ちだったからかなと。

臍帯血移植に決めた理由は?

僕が聞いていた話では、骨髄のドナーさんを探して見つからなければ姉の骨髄っていう選択肢もあったんです。でも、とても質の良い、僕に合う臍帯血が見つかったよってなったので、「じゃあそれで」って。本当そんな流れでした。

臍帯血移植というのはその頃は知ってましたか?

はい、知っていました

情報はどこで得ていましたか?

僕は先生方に聞くか看護師さんに聞くか、あとは『白血病と言われたら』っていうガイドブックだけでしたね。闘病記とかウェブの情報は一切見ないようにしていましたので。

※『白血病と言われたら』は特定非営利活動法人 全国骨髄バンク推進連絡協議会にて1口1,000円以上の寄附で頒布されています。詳しくはこちら

ウェブの情報を見ないようにしていた理由は?

何が正しいか僕自身全然わからないので。闘病記って探せばとても沢山あるし、知らない誰かが書いてるブログなんかは全然信用できなかったんですが、かといって何を見ていいかもわからなかったので、ただ単純に見なかっただけです。

ウェブからの情報について今はどう思われますか?

今は自分なりにその話を聞いて、どの情報が信頼できるかなど、ちょっとずつ分かってきたような感じがします。闘病中の方に伝えたいことは、闘病中にネガティブな情報を自分から取り入れる必要はないということです。まず、この現場を元気に切り抜けることの方が先決だと僕は思うので。治療に前向きになれるものであれば、ネットの情報でもいいと思います。そこは自己判断で、いいなと思えるものは見ていただければと思います。

「START TO BE」を利用されている皆さんにメッセージをお願いします。

「白血病」というと言葉の強さもあるでしょうし、深刻に受け止められがちです。でも僕はこの病気になったことで、名前も知らない誰かの臍帯血をもらえました。本当にこんな体験は血液がんにならないとできないので、これが“キャンサーギフト”っていうものなのかなと思ったこともあります。

とてもキツくて苦しくて辛い時期はもちろんありますけど、そこを通り過ぎれば、見落としてきてた結構素敵なことが見えてくると思います。

※キャンサーギフトとは、がんになったからこそわかること、気づけることを指す言葉で欧米でよく使われています。


小北さんもお話ししていましたが、インターネットの情報は信頼できる、できないの判断にはある程度の経験や知識が必要だと思います。特に医療系の情報はその判断が難しいと私も感じています。病気や治療の際に、不安に思ったことや分からないことは、先生や看護師さんに遠慮せず聞く方が、正確な情報が得られると思います。そうすることでコミュニケーションも取れますしね。

「命のバトン」を受けとったことを実感した小北さん。そのバトンをより多くの人につなげようと、現在はボランティア団体「神奈川骨髄移植を考える会(BMT神奈川)」で活動されています。

聞き手:古賀真美
記事:石井稔子