ダウン症に合併する造血器腫瘍について

この記事は、神奈川県立こども医療センター 血液・腫瘍科部長 後藤裕明先生に寄稿していただきました。

ダウン症に合併する造血器腫瘍

ダウン症(症候群)は21番染色体の過剰(通常は21番染色体が1本多い、トリソミー)に起因する症状の総称です。発達の遅れや、心疾患などによる健康上の問題を抱える頻度が高いことが知られていますが、症状の有無や程度は個人により様々です。医療の進歩などにより、多くの方々が健康的な生活を送られるようになりました。

ダウン症ではない小児と比べて、ダウン症の小児において発症頻度が高い疾患のひとつに、急性骨髄性白血病などの造血器腫瘍が知られています。

1.一過性骨髄異常増殖症(TAM)

一過性骨髄異常増殖症(Transient Abnormal Myelopoiesis; 長い名前なのでTAMと略します)は、ダウン症を持つ新生児の10~20%に認められる造血異常です。末梢血の中に異常な巨核芽球(普通は骨髄で血小板を産生する役割を担う)が出現し、血小板減少や貧血をしばしば伴います。TAMで認められる異常な血液細胞には21番染色体トリソミーに加えてGATA1という遺伝子に変異が認められます。TAMが白血病と決定的に異なるのは、名前のとおり造血異常は一過性で、通常は遅くても生後半年以内に血液の異常は見られなくなります。遺伝子変異を伴う細胞が、いったんは異常に増殖し、やがて自然に消失するメカニズムは完全には解明されていません。

TAMによる造血異常が重度な場合は、自然軽快するまでの間に血小板や赤血球の輸血が必要になることがあります。肝臓、脾臓の腫大、胸水貯留、肝機能障害を伴うことがあり、重症の場合には呼吸サポートなど支持療法が行われます。これらの症状も多くは自然に軽快しますが、時に肝機能障害などが重篤化することがあります。白血球数が異常に多い(100,000/μl以上、など)ときには、致命的な臓器障害を防ぐためにシタラビンなどの抗がん剤治療が行われる場合があります。

TAMを発症したこどもは、のちに急性骨髄性白血病を発症することがあり、この点については次項をご参照ください。

2.急性骨髄性白血病
(Acute Myeloid Leukemia: AML)

TAMを発症した小児の一部(10~20%と言われています)は、多くは2歳まで、遅くとも5歳までの間に急性巨核芽球性白血病(AMLのうち、FAB分類のM7)を発症することが知られています。このAML細胞には、21番染色体トリソミーとGATA1遺伝子変異に加えて、さらに付加的な遺伝子異常が生じています。おそらくは消失しきらずに体内に残ったTAMの細胞が新たな遺伝子異常を獲得して、AMLに移行すると想定されています。白血病に対しては抗がん剤治療が行われますが、ダウン症小児の急性巨核芽球性白血病は他のAMLよりも、抗がん剤が効きやすいのが特徴です。このため、通常よりは少ない量の抗がん剤による治療の臨床試験が日本で行われ、80%以上の治癒率が認められました。

M7以外のAMLもダウン症の小児に発症することがありますが、その罹患率はダウン症のない小児と差はありません。

3.急性リンパ性白血病
(Acute Lymphoblastic Leukemia: ALL)

ダウン症の小児は、AMLほどではありませんが、ALLの発症頻度がやや高いことが知られています。TAMの既往の有無はALLとは関係がなく、ALL細胞には通常、TAMやTAM後のAML細胞にみられるGATA1遺伝子異常は認められません。小児のALLは80~90%以上の確率で治癒に至る疾患ですが、ダウン症に合併したALLでは、治癒率がわずかに低い可能性があります。これはALLの細胞そのものの差だけではなく、ダウン症の体質に関連して、抗がん剤治療による副作用が出現しやすいため、十分な化学療法が受けられないということが関係していると考えられています。AMLとは異なり、ダウン症に合併したALL細胞に対する抗がん剤の効き目は、ダウン症ではない小児ALL細胞と差は認められていません。ダウン症の小児では、抗がん剤による粘膜の障害が出やすい傾向があり、特にALLに対して用いられるメソトレキセートという抗がん剤による合併症が重くなる可能性があります。このようなダウン症の小児の体質にあった、適切な治療法を見出すための臨床試験が行われています。