妊婦検診で抗HTLV-1抗体陽性と言われた方へ

この記事は、京都大学医学部附属病院 血液内科・助教の進藤岳郎先生に寄稿していただきました。

2011年より日本の妊婦検診に抗HTLV-1抗体検査が組み込まれ、一部の妊婦さんはこの抗体が陽性であると知るようになりました。HTLV-1をご存じの方もいらっしゃいますが、突然の知らせに「HTLV-1って何? 私はこれからどうしたらいいの?」と疑問を持たれるケースも多くあります。ただでさえ精神的に負担のかかる妊娠中に知らされ、続いてスマートフォンやインターネットで検索したときに出てくる言葉の数々は、不安を増幅するかもしれません。ここではHTLV-1について概説・案内することで、冷静に対応するための参考になればと思います。

HTLV-1とは

HTLV-1とはHuman T-Lymphotropic Virus Type-1(ヒトTリンパ球向性ウイルス1型)の略で、ヒト白血球の一部、Tリンパ球に感染するウイルスです。一度感染するとその人は終生HTLV-1を体内に持ち続けることになり、感染しているけれども無症状の人をHTLV-1キャリアと呼びます。献血時の陽性率から推定して、現在日本には約80万人のHTLV-1キャリアがいると考えられています。地域的に九州や沖縄など、西南日本に多いとされてきましたが、最近は人口の大都市圏への移動により、関西や関東に分布するキャリアが相対的に増えています。抗HTLV-1抗体が陽性ということはこのウイルスに感染していることを意味し、ほとんどの場合はキャリアです。
HTLV-1感染者の血液中には、ここに示すような特徴的なリンパ球がみられます。

 

典型的なのは一番左のような花びら状の核を持つリンパ球ですが、その他にもあまり見ない形や特徴的な核をもったリンパ球がみられることもあり、いずれもHTLV-1感染細胞です。ただし逆にこれらの細胞がみられることはHTLV-1キャリアとしては普通のことで、すぐにあわてる必要はありません。


HTLV-1は、いくつかの病気の原因となることが知られています。キャリアのうち、約5%の人は生涯のうちに成人T細胞白血病リンパ腫(Adult T-cell Leukemia/Lymphoma: ATL/ATLL)という血液がんを、また約0.3%の人はHTLV-1関連脊髄症(HTLV-1-associated Myelopathy: HAM)という神経の病気を発症します。さらに稀ですが、眼のぶどう膜というところに炎症を起こしてかすみ目を生じることもあります(HTLV-1関連ぶどう膜炎)。

発症年齢

いずれの病気も感染から発症までほとんどの場合40-60年以上を要します。また逆に言えば約95%の人は生涯にわたってこれらの病気を発症することはなく、日常生活も制限を受けずに送ることができます。すなわち抗HTLV-1抗体が陽性だからといって、過度の心配や不安は不要です。


ATLを40歳未満で発症することはほぼなく、発症年齢は平均で67歳です。万一ATLを発症すると、熱発・寝汗やリンパ節の腫れ、皮膚の発赤や食欲不振など、様々な症状を呈します。検査を行うと血液中に多数の異常リンパ球を認める、血液中のカルシウムが高値を示すなどの異常がみられます。治療は年齢や病型、症状によって異なり、慎重に経過を観察する場合から白血病として抗がん剤治療をする場合まで、いろいろです。HAMとはHTLV-1に感染したリンパ球が脊髄神経の中に入り込むために発症すると考えられ、歩きにくくなったり、排尿障害を来したりします。発症年齢はATLよりやや低く、30-50歳代以降とされています。


ATLもHAMも難治の病気ですが、既存の薬剤に加え、新しい薬や治療法の開発が進んでいます。残念ながら現時点でHTLV-1キャリアのATL/HAM発症を防ぐ方法は確立されていませんが、それを克服するための研究も世界中で進められています。

母子感染

HTLV-1は主に母乳を介して母から子へ感染します。伝播する確率は、通常の母乳保育で約20%ですが、完全人工乳保育や短期母乳(3ヶ月以内の母乳保育)・凍結母乳による育児で約3%にまで減少させることができます。長年連れ添ったパートナー間での性交渉による感染も知られ、男性から女性への感染が主ですが、女性から男性への感染もあります。一般にHTLV-1の感染力は極めて弱く、お風呂やプール、日常生活レベルでの接触、咳やくしゃみ、食器や寝具などを介して感染することはありません。かつては輸血を介した感染もありましたが、1986年以降は献血製剤の全てで抗HTLV-1抗体の検査が施行されているため、現在輸血感染はないと考えられています。


抗HTLV-1抗体検査が妊婦検診に含まれる理由は、もし妊婦がHTLV-1キャリアであった場合、出産前に児への伝播予防策について考えることができるからです。残念ながら母子感染を確実に防ぐ方法はまだ確立されていませんが、上に書いたやり方でその確率を低減できることは大切で、まずかかりつけの産科医院で相談をしてみて下さい。
また検診で報告される抗HTLV-1抗体はスクリーニング検査で、精密検査を行うと陰性、すなわち実際にはHTLV-1に感染していない方もおられます。よって検診結果だけですぐに陽性と決めつけず、近隣の専門施設で確認検査を受けていただきたいと思います。

相談したい場合

もし近隣に相談窓口が見当たらない場合、専門医に尋ねてみて下さい。日本HTLV-1学会は2018年より学会登録医療機関を設け、各地域でHTLV-1に関連した診療および相談支援にあたる体制を整備しました。

例えば京都大学医学部附属病院では、妊婦だけでなくキャリアの方を多方面から支える「HTLV-1キャリア外来」を2017年に開設し、2019年に本登録医療機関に認定されました。京都大学には、HTLV-1を発見した高月清先生の時代から基礎研究の成果が長年蓄積されており、この領域の診療経験豊富な医師が外来を担当します。ご心配であれば、1回の受診に留まらず6-12ヶ月毎の通院による定期フォローを受けることもできます。ただあくまで経過を観察してATL/HAMを発症していないことを確認し、ご本人の不安を軽減することが主目的です。定期的な受診は必須ではなく、1回のお話だけでも結構です。


本外来を担当して思うことは、キャリアの方は妊娠や授乳のこと、家族との接し方、普段の生活上の注意や自分自身の今後について、多くの悩みを抱えています。これらは普段医療者の側からは見えにくいのですが、実際には深刻な問題としてずっと各人の胸の中にしまわれ、ふとした拍子に外来であふれ出すことをしばしば経験します。現在はインターネットの発達で情報があふれ、逆に不安を持ってしまうケースが多いと感じます。またHTLV-1のことで相談できる窓口は多くはなく、かといって家族内でも共有しにくく、キャリアと分かった人が孤立しがちであることも見えてきました。

当外来では、HTLV-1と縁を持った方が正しい知識を得て前向きに生活を送ることができるよう、臨床心理士らと共に支援体制を整えています。

ご本人はもちろんのこと、ご家族からの相談も受けていますので、まずはかかりつけの先生にご相談いただき受診して下さい。緊張の面持ちでキャリア外来を受診された方が、一通りの話の後に「来てよかった、話してよかった」と足取り軽く帰っていかれる度に、この外来の意味をかみしめています。当院には産科や小児科に臨床心理士など、各分野に専門家がそろっており、必要に応じて綿密に情報を共有しながら対応することが可能です。