インタビュー

家族の存在、子どもの成長を力に変えて

2019年3月4日
鈴木康仁さん(30代)
疾患名: 急性リンパ性白血病(ALL)

10代でクローン病、20代で急性リンパ性白血病(ALL)を発症。「なんで、自分ばかり……」。病気と縁が切れない人生に溜息をついたこともあったそうです。治療の原動力となったのは、家族の存在。自分のためはもちろん、「大切な誰かのため」を思うと人は一層強くなれるもの。家族と共にALLと向き合ったサバイバーストーリーをご紹介します。

病はあらがうのではなく受け入れるもの

激しい痛みと高熱、原因不明だった初期症状

30歳目前、まさか自分が血液のがんに侵されるとは……。ある日、医師から急性リンパ性白血病(ALL)と告げられ、即日入院。息子が産まれたばかりなのに離職を余儀なくされ、頭が真っ白になりました。
最初の症状は、夜眠れないほどの脚の痛みと高熱です。病院で検査をしても目立った異常はなく、ALLとわかるまでには時間がかかりました。実は中学のときにクローン病を発症し、ずっと薬を飲んでいました。当初、その薬による骨髄抑制や関節痛と診断され、処方された薬を飲んだところ一時的に症状は落ち着いていたんです。ところが再度症状が出始め、夜になると脚の付け根、大腿骨あたりが痛くなり、いよいよ仕事を休むように。かたや出産間近の妻は陣痛、もう大変でしたよ。整形外科、脳神経外科、心療内科、膠原病を疑って専門外来も受診。最後に受けた血液検査で、末梢血に芽球(白血病細胞)が見られ、ようやくALLの診断に至りました。

病床で募る、我が子の成長に立ち会えない寂しさ

私の場合、「初発時の白血病数が3,000以下」の条件にあてはまることから、医師のすすめで治験に参加することに。1回目の寛解導入療法で寛解でき、その後地固め療法を6クール行いました。しかし、クローン病との兼ね合いでの抗がん剤の副作用が酷く、アレルギー反応で使えなくなる薬剤もあり先行きが不安に。同じくクローン病の影響で消火器系にダメージがあり小腸で大量出血し、意識を失い倒れたことも。大腿部からカテーテルを入れて血管をクリップで留めて止血しましたが、一時はどうなることかと思いました。

副作用もそうですが、2歳の娘と生後2ヵ月の息子に会えないのも辛かったですね。父親がいないストレスなのか、長女はチックや吃音の症状が出て小児科に通い、親子共々寂しい思いを味わいました。励みといえば、抗がん剤治療が1クール終わるたびに一時帰宅できること。そのたびに子どもたちの成長を確認し、一緒に過ごす束の間の時間が何よりの精神安定剤でした。元気になった今、日帰り旅行を楽しむなどして親子の時間を大切にしています。

「守る者があるからがんばれた」。家族にもらった生きる力

治療が終わってもう3年。年に一度の骨髄検査、2ヵ月ごとの血球チェックのため通院はしていますが、体調は良好です。再就職先も決まり、今はカーディーラーの営業をしています。病気になった当初、仕事を辞めたことで、一家の大黒柱として妻には申し訳ない気持ちでした。その一方で、守るべき家族がいたから辛い治療にも自暴自棄にならずにすんだ。「父親として、夫として、このままでは終われない」と踏ん張れたのは、家族のおかげですね。退院後すぐに迎えた結婚記念日には、献身的に支えてくれた妻に感謝の気持ちを伝えました。

中学生でクローン病を発症、21歳で小腸を手術、そして今回のALL。「なんで、自分ばかり……」と思うこともありましたが、入院して初めて白血病と闘う患者さんが意外にも多い現実を知り、自分だけじゃないと思えたことでがんばる力がわきました。病気にあらがうことで家族に負担をかけるなら現実を受け入れて治療に励もう。一日も早く治して夫、そして父親としての役割を果たしたい。何よりも、そんな気持ちで治療を完走しました。

取材/文 北林あい