インタビュー

命のバトンをつなぐ活動に奔走しています

2018年10月4日
日本骨髄バンク評議員、全国骨髄バンク推進連絡協議会顧問
大谷貴子さん
疾患名: 慢性骨髄性白血病 年齢 57歳 罹患時年齢 25歳

1988年に骨髄移植を受けたのをきっかけに骨髄バンクの設立に奔走した大谷貴子さんにお話を伺いました

今日は、1988年にお母様より骨髄提供を受け、その後、骨髄バンクの設立に奔走、今年で移植後30年を迎えた大谷貴子さんにお話を伺いました。

簡単に自己紹介をお願いします

慢性骨髄性白血病で骨髄移植を受けて30年になります。当時は“抗がん剤では治らない、薬はない、骨髄移植しかない”、と言われる時代で、私の場合はたった一人の姉とはHLA 型が合わず、骨髄移植の道も閉ざされかけた時、ありがたいことに母と骨髄の型が合い、移植を受けました。その後はびっくりするほど元気になったのですが、実は家族には、あと一月の命だと言われていたようです。それから30年経ったというのは、やはりすごいことだなあと思います。

ご自身は移植を受けられたのに、骨髄バンクを作ろうと思ったのはなぜですか?

姉とは骨髄の型が合わず、他に兄弟もいませんでした。ちょうどその頃アメリカで骨髄バンクが設立されました。もしかしたら自分の治療に間に合うかもしれない、自分が助かるかもしれないと思い、活動を始めたのです。決してボランティア精神のような綺麗ごとではありませんでした。

入院中、同じ病院で15歳の子が亡くなりました。一人っ子でした。兄弟がいても(HLA型が合わず)亡くなっていく命があるのを見て、最初は自分が助かって申し訳ないという気持ちでした。でも助かった自分の命で、亡くなる患者さんが少しでも減るように、皆に笑顔が戻るように、後から付け加えた言葉かもしれませんが、その時はがむしゃらで、とにかく誰かが助かってほしいと、そういう気持ちでした。骨髄バンクがあればどれだけ多くの人が助かるだろうか、と。
最終的に骨髄バンクが設立されたのが1991年です。ありがたいことに骨髄バンクという言葉は多くの方に知られるようになりました。でも(骨髄採取は)「痛いんでしょう?」とか「痛いからやめなよ」とか、やはりまだ偏見があると思います。特に若い方たちにお伝えしたいのは、骨髄提供は55歳が定年で、若年層の骨髄がどんどん減ってきているということです。そうなると、助かる命も助からない。まずは若い方々に、骨髄バンクへの登録を呼びかけたいですね。

多くの方々をサポートする中で、印象に残っていることを聞かせて下さい

たくさんありますが、ごく最近では、短大時代に骨髄移植を受けた女性に、可愛い男の子が生まれました。骨髄バンクで移植を受けた彼女は、当時の主治医の計らいで、将来妊娠ができるよう卵巣遮蔽※をしてもらったそうです。その後、結婚して自然妊娠し、男の子が生まれました。骨髄バンクを通じて命を授かった患者さんが、また次の世代を産む。その手伝いをして下さっているドナーさんはすごいと思うし、一人の命を助けただけではなく、次の世代、そして次の世代が子を生む可能性を考えると、20年、30年後まで脈々と繋がっていく。そういう嬉しい話を聞かせていただけるのは、本当に役得だと思いますね。

まさに命のバトンですね。他方、提供したドナーさんで印象に残っていることは?

2回ドナーになった方がいらっしゃいます。ご両親を中学の時に相次いで亡くし、妹と弟と3人で、親戚の家を転々として育ったそうです。縁あって骨髄バンクに登録をし、二人の方に骨髄提供をするになりましたが、2度目の骨髄提供の時期を妹に話した時、「お兄ちゃん、それはお父さんとお母さんが亡くなった年齢と同じだよ。二人は早くに亡くなったけど、私たちを産んで亡くなったのは、誰かのために繋がる命だったんじゃないの?」と言われたそうです。小さい頃は妹や弟を連れて転々として辛かったけど、こんな自分に人助けができた。両親が生きていた意味、自分が生かされた意味を考え、「骨髄バンクを通じて、いっぱいいろいろなものをいただいた、ありがとう」と、言ってくれました。

コーディネートがなかなか順調に進まないケースもありますが、なぜだと思いますか?

お金で解決するという言葉は嫌ですが、例えば自営業の方が(ドナーになるため)仕事を休めば収入が減少します。それを保障する制度として、ドナーへの助成制度があります。本来なら国がやるべきだと思いますが、現在は自治体単位で助成しており、お金の問題が少しは軽減するのではないかと思います。大手企業には、ドナー休暇制度があったりします。
そして一番は家族の問題です。「どうしてあなたが危険な目に遭うの」とか、「そこまでして人助けしなくも」などと言われることが多いそうです。(骨髄バンクの)統計では、骨髄提供に至ったドナーさんは、ほぼ皆さん一回はご家族の反対に遭っているそうです。
でも結局、骨髄提供ドナーさんは、ご自身の意思を通している。一方で、ご家族の反対で退いてしまう方もいらっしゃるので、ご家族の理解も必要ですが、ご本人の強い意志が重要だと思います。骨髄バンクへの登録はハードルが高いと思ったら、献血からでもいいのでお手伝いしていただきたいです。
だって、私たち血液がん患者は、どれだけ多くの方の輸血によって命をいただいているか。私は(骨髄移植で血液型が)A型からB型に変わったので、A型もAB 型もO型の血漿成分も輸血でいただいています。まずは献血から始めることも大変ありがたいです。

「START TO BE」のサイトをご覧の皆さまにメッセージをお願いします

いま闘病していらっしゃる患者さんには、「明日を信じてほしい!」と伝えたいですね。まず「いま」があり、いまの延長線上に明日があり、そして一週間後があります。闘病は辛いですが、「今を信じ、明日を信じて、希望を失わなければ、必ず誰かが手を差し伸べるよ」と伝えたいです。
そして皆さまには、骨髄バンクへのドナー登録を含め、できる範囲でお手伝いをしていただけたら幸いです。もしご自分が、身内が、愛するものが病気になったら、助けを求めますよね。今現在、助けを求めている方々がいるので、先ほども言いましたように、献血からでも構わないので、このサイトをよく読んでくださり、自分に何ができるのか考えていただけると嬉しいです。

最後に、骨髄提供ができる年齢(55歳)を超えた方々には何を期待しますか?

骨髄バンクは骨髄も足りなきゃ、お金も足りません(笑)。なので、ぜひご寄付をお願いいたします。同時に骨髄提供へのご理解をいただきたいです。その年代の方であれば、息子さんや娘さんがドナー登録することがあるかもしれません。「やめなさい」ではなく、優しい息子、娘に育てたご自分を褒めて、ご家族で一緒に考えていただきたいですね。

移植から30年、大谷さんの元気な姿は多くの方々の励みになりますね

はい、そうでありたいと思います。

 

聞き手:古賀真美