CMLは私にとっての「Change My Life」

50代、60代の男性に多い慢性骨髄性白血病ですが、若くして発症する人がいることも見過ごしてはいけない事実です。17歳でCMLを発症し、たくさんの「まさか」に直面した女性が闘病を通して感じたこと、気づかされたこととは。

新宮知歩さん・24歳女性(罹患時17歳)・慢性骨髄性白血病

「悔しい……」。CMLで絶たれた競泳選手の夢

ちょっとおかしいなと感じたのは、診断を受ける1カ月前、高校2年生の体育祭でのこと。体調が悪くなって倒れてしまい、その後も風邪のような症状が一週間くらい続いたので近所の病院を受診しました。血液検査をしたら白血球の数値が300,000/μLを超えていて、翌日には血液内科のある大きな病院へ。2015年6月、慢性骨髄性白血病(CML)と診断されました。検査が終わったらその足で学校に行くつもりだったので、即入院と聞いてびっくりしました。

思い返すと病気の兆候はもっと前からあって、高校生になるまで競泳に熱中していましたが、中学に入ってから数メートル泳ぐだけで息切れがして、学年が上がるにつれてタイムが伸びなくなったんです。将来はオリンピック選手を目指していたのに競技生活を断念。当時はスランプだと思って自分を追い詰めましたが、あれは病気が原因だったのですね。もっと早く検査をして治療を始めていれば、競泳選手の夢を諦めずに済んだのに。そう思うと、すごく悔しかったです。

受験を前にまさかの急性転化、移植へ

入院して分子標的薬を飲み始めるとすぐに白血球の数値は下がり、2学期から学校に戻れました。クラスで間違った噂が立つと面倒だと思い、みんなには告知されたその日にクラスのグループLINEで「白血病になっちゃった」と打ち明け、「薬で治せる病気なんだ」ということも伝えました。すると「どうしたら助けになれる?」とみんなが親身に寄り添ってくれて、重い荷物を持ってくれたり、遅れたぶんのノートを貸してくれたりして嬉しかったです。

2016年6月、1年間服薬したものの急性転化し、造血幹細胞移植をすることになりました。放送部だった私は、NHKの放送コンテスト出場が決まった矢先、受験も控えているのに「なんでまた?」と落ち込みました。でも「これ以上悪い事は起こらないだろう。後は上がるだけ」と前を向き、適合率が極めて低いとされる母親とHLA型が奇跡的に完全一致し、無事に移植を行うことができました。2021年には移植から5年を迎え、今も寛解状態を維持しています。でも移植片対宿主病(GVHD)の口内炎は治らず、免疫抑制剤とステロイド剤が手放せません。皮膚が弱くなったり、ムーンフェイスになったり、骨がもろくなり骨粗鬆症の薬も飲んでいます。いろいろな症状と付き合いながら、できないことは周りのみんなに助けてもらっています。

本当は負けず嫌いな性格で、病気になる前は頼り方がわからず全部自力でがんばっていました。入院当初、忙しそうな看護師さんを見ると申し訳なくて、ナースコールを押すのさえ何度もためらったものです。病気になって、私には支えてくれる人がたくさんいて「辛いときは辛いと言っていいんだ」。そう気付き、弱さを見せられたら生きるのが楽になりました。私にとってCMLは、不運な病名ではなく、人生の見方や考え方が変わるきっかけになった「Chang My Life」だと思っています。

入院生活が転機になり医療の道へ

移植のために入院した血液内科病棟では、同じ病室の患者さんが急変して亡くなることもありました。身内の死に立ち会ったこともないのに。高校生で生と死の狭間を見たのは衝撃的でした。主治医とは治療以外のこともいろいろと話し、「なんで血液内科の医師になったんですか?」と聞いたりして。「一人の患者さんを最初から最後まで責任を持って診られるのが血液内科だから。一人でも多くの人を救いたい」という理由に心を打たれ、「私も医療に携わり、病気の人を助けたい」と、入院中に薬学部進学を決めました。

高校卒業後は予備校に通う毎日。教室ではいつも最前列の真ん中の席に座り、必死に勉強しました。その甲斐あって30台だった偏差値は70台まで上がり、二浪して薬学部のある大学に合格。薬剤師になって患者さんと向き合うとき、私の辛かった経験を活かして気持ちを受け止められる存在になりたいです。

若いCML患者のための情報不足を実感

17歳でCMLに罹患し感じたことは、「若い世代に向けた情報の少なさ」です。CMLについて調べると、どの資料にも「50代、60代の男性に多い病気」とあり、若い世代が罹患した事例を探せず「もっと情報がほしい」と思いました。移植前の抗がん剤治療の際には「将来、妊娠できなくなる」と言われ、主治医に卵子凍結を提案されましたが、そのときも詳しい情報に辿り着けませんでした。卵子凍結の費用は高額だし、「生きられたら、それでいいや」と思い、将来の妊娠のことまで深く考えず治療を始めてしまって。手に届くところにわかりやすい情報があれば、違った選択ができていたかもしれません。

私と同じように若くしてCMLに罹患した方は、「なんで自分が」となることがあると思います。でも病気になるのは誰のせいでもないので自分を責めないで。普通に生きていられることがどんなに幸せか、私はこの病気になって身に沁みて感じたので、病気を否定しすぎないでほしいです。不安にかられたときはその気持ちを否定せず、でも囚われてすぎると時間がもったいない。今を、今できることを考えたほうが、人生は楽しくなると思っています。

取材/文 北林あい