「かながわ血液がんフォーラム2019」をレポート1 

■■一人ひとりが当事者となり血液がんを考える。■■

2019 年11 月9 日、横浜情報文化センター・情文ホールにて、神奈川県と認定NPO法人キャンサーネットジャパン、一般社団法人グループ・ネクサス・ジャパン、はまっこ(多発性骨髄腫患者・家族の交流会)の共催で「かながわ血液がんフォーラム2019」を開催しました。血液がんの患者さん、ご家族に限らず広く一般の人が血液がんを知り、学び、集う場作りを目指し、多数の医療関係者の協力のもと科学的根拠に基づく最新の医療情報を発信。会場には献血協力者、ドナー登録者なども集い、フォーラム参加者は433 名、全セッション参加者の延べ人数は合計で739 名を数えました。盛況でした多彩なセッションをピックアップして3 回に分けてレポートします。

取材・執筆/北林あい 撮影:AKANE

情文ホール(メインホール)
イメージカラーのコングレスバッグに入れて来場者をお出迎え

オープニングトークで言及、造血幹細胞移植の現状と課題

フォーラムの幕開けを飾ったのは、金森平和先生(神奈川県立がんセンター副院長・血液内科部長)によるオープニングトーク。「骨髄移植(造血幹細胞移植)とは」「国内の移植状況」「骨髄・末梢血幹細胞提供の実際」「バンクドナーのコーディネートの現状」「ドナー登録と骨髄提供に関する課題」について語っていただきました。

神奈川県立がんセンター 副院長・血液内科部長 金森 平和 先生

血液がんの移植治療に不可欠なのがドナーの存在であり、2019 年までに、骨髄バンクからの移植数は23,000 件以上、臍帯血バンクからの移植数は17,000 件以上となっています。金森先生の話で特に印象に残ったのは、コーディネートの現状について。「約22 万件をコーディネートしても移植に到達するのは11,000 人。移植率は4.9 %に留まっています。HLA型の適合通知を受け取ったドナー側の都合でコーディネートが終了になるケースは多く、その場合、一から新たにドナーを探す必要があります。それが移植到達までに時間を要する一因であり、日本の移植医療の現状」と語りました。日本骨髄バンクが行ったドナーコーディネート終了理由の調査(2015 年度実績)では、ドナー側の理由による終了が93 %、そのうち健康理由以外が66 %。具体的には、育児や仕事で都合がつかない場合が43 %、連絡が取れない場合が35 %。多くのドナー候補者と連絡を取れずコーディネートを諦めざるを得ない状況です。骨髄提供を断ったドナー側からは、強い不安感がある、職場・家族の理解が不十分、年休が取りにくい、休暇制度がないという声が届き、心理面と職場環境面のサポートが急がれます。

骨髄ドナー登録者数の推移を見ると、20 代、30 代での登録が多く40 代が最多。40 代の登録者は15 年後に提供可能年齢の「55 歳以下」を超えるため、「安定して骨髄提供を受けられる社会にするには、若い年代のドナー登録が必須。そして、バンクドナーを支える家族、職場、環境も含めた第二のドナーの理解・協力・支えが不可欠」と訴えました。

「移植医療」の現状を知り、将来を考えるパネルディスカッション

オープニングのパネルディスカッションには、金森平和先生、鬼塚真仁先生(東海大学医学部付属病院 血液腫瘍内科 准教授)、秋山典子さん(横浜市立大学附属病院 中央無菌室 HCTC)、浅野史郎さん(神奈川大学 特別招聘教授)、間島悠介さん(神奈川県骨髄移植を考える会)の5 名が参加。それぞれの立場で移植医療に携わる5名が今感じている「課題」を投げかけ、司会の町永俊雄さんと共に議論を深めました。

■鬼塚真仁先生「ドラッグラグと検査を阻む保険制度の問題」

鬼塚先生が言及したのは、現場の医師が抱える課題ついて。一つは、海外で投与可能な薬剤が日本で使用できないドラッグラグの問題。もう一つは、同種移植において治療効果の判定を行う重要な検査を保険診療で行えない現状。後者は、実際は行っているものの保険請求できず、患者さんや研究室が高額な検査費用を負担しています。治療の選択に関わる遺伝子変異の測定や治療効果をはかる検査が、保険診療の壁によって行えていないと言います。

東海大学医学部付属病院 血液腫瘍内科 准教授 鬼塚 真仁 先生

前者の課題に対し秋山さんは、「エビデンスが未確立なものを試さないと医療は進歩しません。しかし治験者に負担がかかるのも事実。治験コーディネーターを含め様々な人が参加して医療を進歩させる社会作りが必要」とコメント。鬼塚先生は、「新薬を国内に入れるには製薬会社が治験を行う努力が必要。一方、国内で使用可能な薬剤を適用外の症例に使えるようにするには、医師主導で臨床試験を行い安全性と効果を証明する必要がある」と語りました。

後者の保険制度に関わる課題について金森先生は、「日本でも未承認薬に対する特殊な検査を保険で認め、保険対象外の薬剤を提供する流れになりつつあるが、造血幹細胞移植の分野は遅れている」と説明しました。

■秋山典子さん「意思決定支援 ~誰もが治療の当事者になる~」

秋山さんは移植コーディネーターの立場から、移植医療で難しくもあり大切な「意思決定支援」をクローズアップ。「患者さん、ドナー、医療者を含めて移植医療の当事者と捉え、私の役割は治療を意思決定支援という形でサポートすることです。患者さんとそのご家族にどのように説明し、理解を求め、同意を得るかという部分に関わってきました」とコメント。血縁ドナーの場合は選択を迫られる家族に対し、「どのように負担感、責任感をクリアしていくかが課題。ドナー側の葛藤には個別性があり、年齢、ライフサイクル、社会的背景、経済状況など、どんな条件下で治療を選択するかで不安の大きさは異なります。また兄弟間の移植の場合、子どもより親の意思がポイントを占めるため、ドナーになる子どもの状況と様子によっては権利を擁護し、移植ソース変更の相談や提案もコーディネーターの役割と考えています」

横浜市立大学附属病院 HCTC 秋山 典子 さん

金森先生は、「移植はチーム医療でなければ成り立ちません。たえずカンファレンスを行い、意思決定も患者さん一人ではなく周りがサポートとサジェスチョンをしながら行うのがベスト」とコメント。

血縁ドナーに対する医師の関わり方について鬼塚先生は、「医師は病気を治したいので『移植しますよね』というニュアンスでドナーと接してしまいがち。そうならないように、我々は患者さんとドナーの主治医をわけて、ドナーにはリスクまで医学的に説明しています。また、医師が考えるのはどうすれば治るのか、どんな合併症が起こるかという治療に関わることで、家族の不安には応えられないことが多い。ですから、秋山さんのような移植コーディネーターが医師に足りない言葉を埋めて、ご家族、患者さん、医療スタッフの信頼関係を固めてもらっています。移植コーディネーターは移植医療になくてはならない存在です」

血縁者のサポートが望めない単身者への支援に話題が及ぶと、鬼塚先生は「血縁ドナーの選択ができない場合は、骨髄バンクや臍帯血バンクという選択肢があります。ただし移植後、GVHDなどを一人で乗り越えるのは困難。移植後の生活リスクを説明したうえでどのように支援していくかは課題と言えます」

■浅野史郎さん「移植を待つ患者の心配事」

2009 年、浅野さんは成人T細胞白血病(ATL)を発症し、奥様のサポートもあり骨髄移植を行いました。
「ドナーを待つ患者の心配事は、ドナーが見つかるのか、見つかったとしても提供に至るのかという点です。白血病の中でも治りにくいATLを告知され、医師に骨髄移植しか治る道はないと言われたときは足がガクガクと震えました。移植は60 歳までという知識が自分の中にあり、当時の私は61 歳。一時は移植を諦めかけましたが、医師から移植可能と言われたときは安心しましたね。移植は無事に終わり当初の心配事は杞憂に終わりましたが、移植後はGVHDで肺炎を発症し大変でした」

神奈川大学特別招聘教授 浅野 史郎 先生

移植を行うにあたり合併症や治療の副作用の説明も大切です。鬼塚先生は、「移植後の合併症で約3 割の患者さんが亡くなるのが現実。合併症による死亡リスクやGVHDを発症したときの治療を事前に伝え、安心して移植に臨める環境を作っています」とコメント。秋山さんは、「移植についての説明時に移植後の合併症について医師からも説明がありますが、移植コーディネーターからも伝えています。今は治療に関わる『チーム』として、LTFUも含め移植後の生活をどのようにサポートするべきか考えていきたい」と述べました。

■間島悠介さん「ドナー登録者を増やす有効な手段を模索中」

2 度の骨髄提供を行った間島さんが実感しているのは、「骨髄移植の正しい知識が浸透しておらず、世間の関心が薄い」ということ。「なぜそう思うかというと、骨髄液の採取のため入院する旨を職場の同僚に伝えると、『すごいね、偉いね、痛いんでしょ』という答えが8 割。すごいね、偉いねという言葉は、自分と切り離した他人事としての認識の現れだと感じます。自分事として捉えドナー登録する人を増やすには、子どもの頃からの教育が必要では。小学校の道徳の授業で議論してほしいテーマです」

骨髄ドナー経験者 間島 悠介 さん

ドナー登録をしても提供に至らないケースについて金森先生の考えは、「例えば20 歳でドナー登録した独身者は10 年、20 年後、結婚して子どもを授かり、職場では重要なポジションに就き、環境の変化からHLA型が適合しても提供を断るケースはあります。大事なのは登録時のモチベーションを保つことであり、骨髄提供を断っても別の方法で骨髄バンクに花を添えることは可能だと思います」。鬼塚先生は、「ドナーになった理由を聞くと、近しい方が血液がんを発症したケースが多いです。しかし、そうした特別なきっかけがないとドナーになろうと思えないようでは登録までのハードルが高い。骨髄バンクやボランティア団体に頑張ってもらい、提供しやすい雰囲気を作ってほしいです。」

最終ディスカッション「血液がんの治療が目指す未来」

パネルディスカッションの様子

■鬼塚真仁先生

「かつて我々の目標は、とにかく病気を治すことでした。今は治るのは当たり前で発症前のQOLに戻すことが目標です。患者さんにとってはQOLの回復が大事であり、それは医師だけでは叶わず、リハビリや栄養などに関わる様々なスタッフがいて実現でき、それをまとめていただいているのが移植コーディネーターです。今はチーム医療で移植患者さんを捉える流れになっています。退院後の生活支援や職場復帰がゴールであり、その点は10 年前、20 年前の移植医療とは大きく異なっています」

■秋山典子さん

「血液がんに限らずがん患者さんは他者に病気を知らせることをためらうことも多く、がん患者さんを受け入れて支援していく社会的な環境が、日本は未熟だと感じています。ドナーになることについても社会が普通の事として支援し、企業はドナー休暇を認め、自治体は保証を考慮していく必要があり、患者さんの社会復帰を後押しするために支援の輪を広げていく意識が大事だと感じています」

■金森平和先生

「移植医療を受ける患者さんを治し社会復帰させるには、『ドナー』という支援者と患者さんとドナーを支える『社会』という両輪の支援がないと難しい。具体的な枠組み作りが必要だと思いました」

■間島悠介さん

「今日、改めてこれから自分に何ができるのか考える機会になりました。私の原点であるドナー登録説明員という役割を通してしっかり情報を伝えていきたいと思います」

■浅野史郎さん

「白血病の特異性は、医療者以外に『ドナー』が関わるという点です。そうやって命が救われるシステムの中で自分が病気を克服したと実感できたのはいい経験でした。社会が支え合うことでより良い結果を生み出せるという、わかりやすい例が血液がん。このしくみが日本の社会を変えるのではないかと思っています」