インタビュー記事

妊孕性の有無より大切だったもの

きっと運命、結婚の決め手は価値観の一致

小野澤 央さん (40代)
妻が急性リンパ性白血病(ALL)に罹患

結婚を決めた相手に、治療の影響で妊娠が難しいと告げられたら?
AYA世代※のがん患者と妊よう性の問題は避けては通れません。好きになった女性がALLの治療で妊孕性を失った事実を大らかに受け止め、夫婦二人だから楽しめる未来があると迷わず結婚。結婚から4年経った今もかけがえのない人をいつも近くで見守り、自然体で寄り添う姿勢に深い愛情を感じます。自分が同様の立場になったら……。ALL患者さんとの向き合い方を考えるきっかけとなる、一人の男性のケアギバーストーリーをお届けします。
※Adolescent and Young Adultの略で思春期・若年成人のこと。

妊孕性の喪失を打ち明けられても、揺るがなかった結婚への思い

妻は20代で急性リンパ性白血病(ALL)を発症し、抗がん剤や放射線による治療の後、骨髄移植を行いました。私が妻と出会ったのは移植10年後のこと。価値観が合い、人間性にも惹かれ「彼女となら楽しい人生が送れる」と確信し、出会ってすぐに結婚を意識しました。ALLや抗がん剤の影響で妊娠が難しいことを打ち明けられたのは、二回目のデート。「それでもいい?」と聞かれ、「別れる気持ちはない」と答えました。すぐに治療法や抗がん剤の後遺症について自分で情報を集め、ALLという病気を理解したうえで改めて彼女と付き合っていこうと決めました。

結婚後、妻が出産への未練を口にすることもありましたが、私は子どもがいないからできること、いなくても楽しめる人生があると思っています。病気の受け止め方は人それぞれだと思いますが、私は否定的に捉えていません。病気は誰にでも起こりうること。妻はたまたまALLになりました。そういうこともあるよね、という感覚です。すべて受け入れたうえで、「二人で人生をいかに楽しもうか」と「未来」に目を向けました。

でも、彼女を私の両親に紹介したとき、長男の私に跡継ぎを望んでいた父が結婚に難色を示したんです。彼女の体のことを一番に考えてくれた母が父を諭し、最終的には祝福してくれました。両親は私が独身を貫くと思っていたようで、今は30代後半でよきパートナーに出会えたことを心から喜んでくれています。

がんばりすぎる性格の妻、私は見守り役でありブレーキ役

交際中、彼女は看護師をしていました。夜勤もこなし昼夜逆転の生活。まじめで人一倍責任感が強い性格ゆえに、がんばりすぎて心身ともに相当疲れていたと思います。「生かされた以上、今度は私が誰かの役に立たなければ」というサバイバーズギルトにも似た使命感を抱え、無理をしているようにも見えました。

そんな彼女に、「結婚したら仕事をペースダウンして、一緒に楽しいことをしよう」と提案。現在も彼女は医療に従事していますが、日勤の仕事に転職して以前より規則正しい生活を送り、趣味の時間も楽しんでいます。でも、まじめな性格は変わりませんね(笑)。だから無理をしないように見守り、少しでも具合が悪そうだと休みを取るように促し、私がブレーキ役に。弱音を吐かないので、ため込んでいると感じたら「一人で抱えていない?」と声を掛け、心をほどくきっかけを作ることも。

サポートされる側は、心配されすぎるとうっとうしく感じこともあり距離感が難しいものです。「介入しすぎず放っておかない」というスタンスで、きっかけは作るけど相手がアクションを起こすのを「待つ」のが、私のスタイルです。

再発をこわがるより今日を大切に楽しむ。妻がくれた価値観はギフト

妻は現在、3ヵ月に一度のペースで定期受診を続けています。検査の日、妻から「異常なし」のメールが届くとほっと一安心。再発の不安がまったくないと言ったら嘘になるし、もしものときの覚悟もしています。だから規則正しい生活を心掛け、体調の変化を見逃さず、必要であればすぐに病院に行くように今できるサポートをしています。

かならず明日があるという保証がないからこそ、未来を心配して立ち止まるのではなく、今日という一日を妻と二人三脚で大切に過ごしたい。3ヵ月に一度の通院だって、終わりがないと思えば悲観的ですが、定期的にフォローをしてもらっていると捉えれば心が落ち着くものですよ。こうした前向きな価値観は、ALLを経験した妻に出会ったから得られたギフト。「いってきます」と「おかえり」が言い合える何気ない日常の幸せをかみしめながら、お互い100歳まで元気に生きようね、と言い合っています。

取材/文 北林あい