移植前後における口腔ケアの実際

この記事は国家公務員共済組合連合会 虎の門病院 歯科博士 吉村美枝子先生より寄稿していただきました。

はじめに

造血幹細胞移植前の化学療法による口腔内合併症の代表的なものとして口腔粘膜炎があげられます。口腔粘膜炎は化学療法患者の40%、造血幹細胞移植患者の80-100%で発症するとされています。口腔粘膜炎があることで疼痛、摂食障害による日常生活動作の低下を引き起こすばかりでなく、二次的な感染症を引き起こすことがあります。この口腔粘膜炎の発症を低下させるには、化学療法前に十分な口腔内の評価を行い、必要な歯科処置を終了させ、化学療法開始以前、施行中、終了後にまで続く継続的な口腔ケアを行うことが必要です。このような理由から、虎の門病院歯科では、約8年前から当院血液内科を受診中で造血幹細胞移植を受ける予定のほとんどすべての患者に対し、歯科が介入するようになりました。

介入時期は、移植前、クリーンルーム入室中、移植後の3つの時期に分けることができます。当院歯科がそれぞれの時期にどのように患者さんに対して介入しているかをご説明したいと思います。

移植前に

造血幹細胞移植前の患者さんの歯科受診時は、血小板や白血球の数値を参考に全身状態を考慮したうえで介入します。具体的な介入の方法としては、歯石除去を始めとしたクリーニングや虫歯の治療を行うことです。また、ほとんどすべての患者さんに歯のカバーとなるマウスピースを製作します。

下顎用マウスピース
下顎用マウスピース

これは就寝時のくいしばりにより発症する可能性のある口腔粘膜炎を予防する方法の一つです。大半の患者さんには最も舌が触れやすい下顎のマウスピースを製作しますが、歯が抜けていることにより頬の粘膜を巻き込むなどの理由で上顎にマウスピースを製作する患者さんもいます。その場合でも上下のマウスピースを同時に装着してしまうと、口が開いてしまい寝られないため、どちらか一方を装着して就寝してもらえるよう指導しています。歯科の治療は回数、日数がかかることから移植までに期間がない場合や治療中の症状の経過によっては最終的な治療ではなく、仮詰めや修復物を仮付けしたまま移植に臨んでもらうこともあります。

抜歯については、当院を受診される方の移植前の病期により積極的には行わないことが多いです。抜歯をする際は事前に血液内科の担当の先生に抗生剤を点滴や内服で処方してもらい、必要に応じ輸血を行うこともあります。

移植前の時点で、歯磨き、うがいなどのセルフケアの習慣をつけてもらえるよう指導しています。

クリーンルーム入室中に

当院歯科では約8年前より週1回クリーンルームへ歯科医師、歯科衛生士1名ずつで往診を行っており、クリーンルームのスタッフ1名を加えた計3名で患者さんの口腔内を診ています。最近は血液内科専属の栄養士も同行することがあり、その際は体調に応じた食事形態の相談も行っています。

往診時には歯ブラシの種類やうがい薬についての相談を行いながら口腔粘膜炎の評価を行います。歯科の往診がない日はクリーンルームのスタッフが毎日患者さんの口腔内の評価を行っています。

移植前と同様、歯の汚れは歯ブラシで除去することを勧めていますが、口腔内のむくみや炎症により開口しにくくなった患者さんに対しては、毛先の柔らかいスーパーソフトブラシや、成人であっても歯ブラシの柄が短く、小回りがききやすい子供用歯ブラシを勧めることがあります。また口蓋や頬などの粘膜の清掃にはスポンジブラシを使用することもあります。口腔粘膜炎の多くは白血球が増加することにより改善することが多いため、白血球生着まではセルフケアの継続を促します。

うがい薬については、当院ではアズレンを用いていますが、アズレンにより痛みがある患者さんの場合には、局所麻酔薬を溶解したり、生理食塩水でうがいをしてもらったりしています。保湿については白色ワセリンで対応し、口腔内に塗布することもあります。スプレータイプの保湿剤を就寝中の合間に使用する方もいます。口唇や口腔内にできた炎症に対してはアズノール軟膏を塗布することで粘膜炎の表面を保護したり、ワセリンで保湿することにより乾燥を予防します。

移植前に製作したマウスピースは吐き気が出た時点で装着できなくなることがありますが、装着による痛みがなければクリーンルーム入室中は継続してもらうようにしています。

抗癌剤の影響で起こる咽頭痛や味覚・嗅覚障害により食欲が低下し、吐き気を誘発することがありますが、可能な限り口腔内に水分や食品を含むことにより口腔内の乾燥の予防を提案しています。

移植時の口内炎
薬剤性口腔粘膜炎(舌)
薬剤性口腔粘膜炎
薬剤性口腔粘膜炎

写真は薬剤の影響で起こる口腔粘膜炎の代表的なものです。

移植後に

移植前に歯科治療が完了しなかった患者さんについては、全身状態の改善を待ち治療を再開しています。また積極的な治療を行っていない患者さんに対してもクリーニングを行うことで口腔内の衛生状態を維持できるようお手伝いをしています。移植後に歯科外来まで来ることが不可能な患者さんに対しては病室まで往診し、口腔ケアの介助を行うこともあります。退院後の患者さんには近医、または当院歯科を必ず定期的に受診することで客観的に口腔内を観察してもらえるよう促しています。

このように当院歯科では造血幹細胞移植を受ける患者さんに対し介入をしています。歯科で定期的にクリーニングすることも大切ですが、今後も毎日のセルフケアが一番重要であることを伝えていきたいと思っています。