従業員が血液がんになった時の企業の対応【前編】

治療と仕事を両立させるには?

平成26年の東京都福祉保健局の調査によれば、過去3年でがんに罹患した従業員がいた法人の割合は約4割にのぼります。現在、労働力は多様化しており、労働可能年齢の引き上げが65歳、70歳となる可能性も視野に入りました。これはがんの好発年齢とぴたりと重なります。つまり、今後は仕事をしながらがんになる人が加速度的に増加することが見込まれ、否応なく企業としての対応が迫られる状況が頻発するのです。

さらに、血液がんの治療法である「造血幹細胞移植」の件数も過去25年で約10倍に増加しており、医療の進歩に伴い血液がんは「社会の中で長く付き合って行く疾病」へと変化しました。こうした現実を背景に、血液がんとともに働く従業員への支援対策の充実が推進しています。

とはいえ、病を抱えた従業員への対応に悩む事業所は少なくありません。すべての事業所に、病と付き合いながら働く従業員を抱える可能性がある時代です。治療と仕事が両立できる支援体制を整えるため、必要な留意点と具体策を見て行きましょう。

本人の申し出から

まず初めに必要なことは、疾病を抱えた本人の就労の意思を確認することです。血液がんは「私傷病」であることから、労働者本人から就業の意思があるという申し出がなされてから、仕事と治療の両立支援を開始することが望まれます。この際、病気に関する情報は個人情報となるため、会社の健康診断などで把握した場合を除いては、本人の了解なく医師から病状や治療に関する情報を入手することはできません。知り得た個人情報を適切に管理することはもちろん、労働者本人が病気になったことを言い出しやすい社内風土・環境を整備しておくことも大変重要です。

疾病者本人は、「周囲に病気のことを知られるのではないか」「伝えることで不利益を被るのではないか」と不安になったり、「病気で迷惑をかけるのに、支援してほしいとは言えない」と、適切な情報を企業側に伝えにくい心理状態に陥ったりすることがあります。体調が悪そうなのに「以前と同じように働ける」と申告され、企業側では個人情報の問題があり深入りできず、結果、適切な安全配慮ができずにお互いの関係性が悪化するというケースが頻出しています。

「これからも仕事を続けるためにはどうすれば良いか」、組織と個人が目的を共有し、「企業も努力するから、きちんと治療を受けて、率直に状況を伝えてほしい」という基本スタンスを、日頃から社内に周知しておくことが大切です。

安全と健康を確保

仕事と治療を両立させることになった場合は、その仕事によって病気を悪化、再発させることがないよう、就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮などの適切な措置を取り、治療に対する配慮を行うことが就業の前提となります。入院や通院、病状、治療の副作用などによって労働者の業務能力が一時的に低下することを踏まえ、事業所の実情に応じて下記のような制度を検討・導入すると良いでしょう。

  • 労働基準法にもとづく年次有給休暇の時間単位制度
  • 傷病休暇/病気休暇/時差出勤制度/短時間勤務制度/在宅勤務(テレワーク)/試し出勤制度など

個別に対応した配慮が必要

たとえ同じ病名や治療法でも、体に現れる症状は人によって様々です。とくに血液がんは経過の個別性が高いため、入院から通院へと治療が変化したり、急な症状が現れたりすることなども考慮し、本人と密なコミュニケーションを取りながらその時々の状況を把握して、個別事例の特性に応じた配慮を行うようにしましょう。

相談窓口の明確化と関係者の連携

労働者が安心して申し出を行い相談することができるよう、担当窓口を明確化しておきましょう。治療の経過に伴い、病状にあった適切な支援を行って行くためには、本人の同意を得た上で、下記の担当者が連携することが望ましいです。規模の小さい事業所では地域の関係機関への相談が助けとなります。

  • 事業所の関係者(人事、上司、同僚、労働組合、産業医、産業保健スタッフ等)
  • 医療関係者(主治医、看護師、医療ソーシャルワーカー等)
  • 労働者の家族
  • 地域の関係機関(産業保健総合支援センター、労災病院の治療就労両立支援センター、社会保険労務士等)

とくに面会に制限がある「無菌室」に一定期間入って治療するケースでは、治療中は企業側から連絡することが憚られることがあります。お互いに様子が分からないまま時間が経過すると、双方の不安が募り、せっかくの就業支援への熱が冷めてしまうこともあります。「月に1回はメールや電話などで患者本人から事業所へ連絡を入れる」など、最初に取り決めて明文化しておくのも良いでしょう。

退院後、就業と治療の両立支援が始まった際には、本人の体調や仕事上で困っていることはないか定期的にヒアリングし、本人の同意の上で産業医や主治医等と連携することも大変重要です。

支援のための事業所内環境整備

仕事と治療の両立を支援するためには、基本的な方針や具体的な対応方法などのルールを作成し、全労働者に周知することが大切です。支援の必要性や意義を共有し、職場風土を醸成しておくことが、実際の支援対応をスムーズに進めます。

疾病者の離職理由で一番多いのは「周囲との関係性の悪化」です。疾病者本人の、迷惑をかけていることへの負い目や遠慮、疾病者がいることで負担が増した従業員の不満などは、誰もががんになりえる時代であり、就業意欲のある従業員を支援することが結果として組織のメリットになると伝えることで、お互いの理解へとつなげることができます。

※「従業員が血液がんになった時の企業の対応【後編】」に続きます。